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映像テクノアカデミアの母体は、40数年間、日本の映像文化に貢献してきた東北新社。洋画の輸入・字幕・吹き替え制作・TV番組制作、CM制作などを行い、さらにCS放送局10局以上をもつという、まさに映像業界の最大手です。その東北新社の現役ディレクター達が、独自のノウハウで直接指導してくれます。在学中にも声優としての力を認められればプロデビューも可能!!また終了時には、大手プロダクション10数社を招いてのプレゼン公演を実施など、プロダクション所属希望者を強力にバックアップ!毎年多くの卒業生達が所属を決めています。そんな、プロになるチャンスがいっぱいの映像テクノアカデミアが、今年も10月生の募集をスタート!! |
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PROFILE |
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いちのみや・はじめ●1940年東京都生まれ。中学・高校の5年間を英国ロンドンで過ごす。日本大学芸術学部演劇学科卒業後、ミュージカル俳優を目指して単身渡米。ニューヨークでジャズダンスを習得。帰国後、BMダンサーズを結成し、音楽番組、ステージ、バラエティ番組など多方面で活躍。西城秀樹、山本リンダ、ジュディ・オング、チェッカーズなど数多くのアーティストの振り付けを担当したことでも知られる。現在は、映像テクノアカデミアの声優・俳優科の講師として後進の育成にも力を注いでいる。 |
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青春時代をロンドンで過ごした。ミュージカル映画が花盛りだった。スクリーンの中ではジーン・ケリーが華麗なタップを刻んでいた。あっ、すごい! 感動が起爆剤になった。自分の中で起こった炎のような衝動。よし、俺も。心の中でエネルギーがスパークする。ミュージカルを勉強するなら本場ブロードウェイだと思った。ニューヨークに旅立つ。1年間ガムシャラに踊った。1日8時間、週40時間。人の5倍踊った。日本に戻ってから音楽も勉強した。サラリーマンも経験した。30を過ぎて振付師に。山本リンダや西城秀樹などの振付で芸能界の寵児となる。しかし、世間一般には知名度は低かった。そんなとき思わぬ大事件に巻き込まれて一躍、時の人に・・・・・・。 |
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●振付師として脚光を浴びたのはいつ頃だったんですか? 橋幸夫さんの『メキシカン・ロック』の振付をしてからです。その後に山本リンダや西城秀樹の振付を任されるようになって業界で名前が知られるようになった。でも、本当の意味で僕が有名になったのはある大きな事件に巻き込まれたことからでした――。 その日は大阪のあるテレビ番組に出演していたんです。収録を無事に終えると、夜11時から始まるTBSの生放送の番組に出演するため飛行機で東京へ。機内では番組の司会者だったなべおさみさんと和やかに雑談を交わしていた。そんなとき機内に異様な雰囲気が漂った。CAが忙しく走り回る。「ハイジャックでもされたのかな」。二人で冗談まじりにそう言っていたら、いきなり飛行機が一気に急降下を始めた。そして無事羽田には着いたけど、空港の一番端っこに止まったまま動かない。間もなく機長のアナウンスが流れた。「当機は只今ハイジャックされました」。恐怖心が全身を走った。その後深夜になって再度離陸。「北朝鮮に行くのか?」。機内でそんなうわさが広まっていたら、本当に「北朝鮮に向かいます」というアナウンスが流れたからビックリ。途中、給油のために愛知県の小牧空港に着陸。脱出するなら今しかない。乗客が協力し合い、非常扉を開けてロープのように繋げたカーテンを垂らすと機動隊が突入してきた。犯人は逮捕された。乗客が一人づつ脱出シューターから降りていく。僕の番がきた。地上に降りると白々と夜が明け、朝陽が昇ってくるところだった。僕はうれしさと解放感のあまり思わず踊り出してしまった。ちょうどその場面がNHKのテレビに映し出された。アナウンサーが言った。「また一人脱出してきました。あっ、踊ってます」だって(笑)。緊迫のハイジャック事件の中、一人の人質のダンスパフォーマンスは格好のニュースソースとなった。僕は一躍、時の人となり有名になった。 僕は山本リンダや西城秀樹の振付で有名になったんじゃない。ハイジャックで有名になったんです(笑)。事件後、テレビ、週刊誌などから取材が殺到した。仕事も増えた。災いが一瞬にして福になったんです。
●人生ってどこでどう転ぶかわからないものですね? ハイジャックですらチャンスにもなる。チャンスを掴み取る握力は大切です。芸能界なんか特にそうだね。 |
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その反面チャンスを一度逃すとその後にすごく苦労する。僕も一度大きなチャンスを逃したことがあった。『8時だヨ!全員集合』が始まるときに、番組の振付の依頼が来たけれど、忙しくて断ってしまった。それから番組はものすごい人気になっていった。悔しくてね。一度断ってしまったけれど、どうしてもやりたい。そこで毎週木曜日にドリフがリハーサルするスタジオに行っては、「仕事ありませんか」としつこく自分を売り込んだ。半年やりましたよ。そうしたらついに一度断った僕のところに仕事が来た。以来、番組が終わるまで14年間やり続けた。チャンスは自分で掴め!です。
●振付師という仕事は今では広く認知されていますが、当時はどうだったんですか? 最初の頃はよく邪道だって言われました。お前は振付師じゃない。本来はダンサーを振付けるのが振付師だと言うんです。じゃあ、僕は?って聞くと、アクションメーカーだって。僕は何と言われようと自分の仕事に自信を持っていたから気にはしなかった。事実、これまでに山本リンダ、西城秀樹、岡崎友紀、浅田美代子、大場久美子、ジュディ・オング、松本伊代、チェッカーズなど、数え上げればきりがないほど、いろいろな人に振付けてきた。
●振付けのアイディアはどうやって考えていたんですか? ニューヨークから帰国後、音楽も勉強しなきゃいけないと思い、音楽家の武満徹さんのもとに弟子入りしたんです。そこで教わったのは「音」=「音楽」ということでした。ただの水滴の音もイコライザーにかければ、立派に音楽になった。それをヒントに僕は日常の中の何でもない動きでもダンスになると考えた。「動き」=「ダンス」というスタンスで考えていました。たとえば、西城秀樹の『情熱の嵐』というヒット曲では、右手でドアノブを掴むようにして回す振りがあった。これはまさに僕が夜自宅に帰ってきてドアを開けようとしてガチャガチャとした動作からヒントを得た。ジュディ・オングが大きな翼のついたような衣装で歌った『魅せられて』では、サビの部分で両手を大きく広げて、その後にやさしく包むように閉じていく振りがありました。これは男性を包むように抱きしめる姿から考えついたもの。ぐっと身近な、何でもないもの、目の前のものでもかまわない。そういうところにだって、ヒントになるものはいくらでもある。むしろ、その方が強烈だったりする。俳優や声優だって、日常の中から演技のヒントをいろいろ得られる。そんな観察力を養うのも演技の勉強の一つです。
●声優や俳優になるには、何が一番必要だと思いますか? 僕の人生もそうだったけれど、チャンスを掴むこと。それにはまずチャレンジしないことには始まらない。野球がやりたかったら、グラウンドに立たなきゃ。ホームランやヒットが打てなくてもいい。最初はデッドボールでも相手のエラーでも構わない。一塁へ駆け込めばいいんだよ。俳優だって最初は恥を掻くことから始まる。稽古場では恥を掻け。外では恥を掻くな。これが僕のモットー。本気で声優・俳優になりたいと思ったら、迷わず僕らの世界に飛び込んで来て欲しい! |
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○シニアタレント・コース 夢をふたたび。 演劇が好きな人。昔の夢を追う人。 年齢・経験に関係なく、芝居好きな方なら誰でも受講できます。 シーズン毎に舞台公演・ラジオドラマの作品作りを行います。
[シーズン1] 舞台公演に向けてのトレーニングを行い、修了時(3月)には本舞台公演を実施。 週1回月曜日 11:00〜13:00 期間/6ヶ月 総授業時間/60時間 開講10月 2007年10月15日〜2008年3月末(20回/60時間) 授業内容:演技の基本・舞台公演 2008年3月 舞台『ホテル・マジェスティ2』(仮題)作・演出 一の宮はじめ(シアターサンモールにて上演予定) [シーズン2] 週1回月曜日 13:30〜15:30 期間/6ヶ月 総授業時間/60時間 開講4月 2008年4月〜9月末(20回/60時間) 授業内容:演技の基本・ナレーション・ラジオ・ドラマ 2008年9月 ラジオドラマ『交差点2』(仮題)(ドラマCD化予定) 【応募資格】 年齢・性別・経験不問 【受講料】 1シーズン8万円 【選考科目】 面談 【進路】 チャンスがあれば東北新社制作のCMや吹替えにも出演可能 |
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声・俳基礎クラス・日曜 初心者の方が、発声・滑舌・演技基礎・吹替などを、やさしく楽しく、1から学べるクラスです。1年間コースの基礎クラスと同じカリキュラムを、10月からの半年間で修得できる、集中講座です。 ■毎週日曜日13:30〜18:00(2回)全40回(80時間) ■入学金5万円、受講料23万円 ■●演技基礎(発声・滑舌・表現力) ●吹き替え基礎 ●ナレーション基礎 ●声楽基礎 ●試演会 ●本舞台公演 |
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