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ザ・マインズエンターテインメント

 

 

ザ・マインズ エンターテインメントは、映像・声・舞台など、幅広い分野の第一線で活躍できる声優・俳優を育てることを目的に2005年設立。現役で活躍する講師陣によるバラエティに富んだレッスンが受けられます。2年間じっくり時間をかけて演技者としての基礎を習得すると共に、年に数回の実力テストや、面談、発表会、舞台公演を行い自分をしっかりと見つめる機会を設けています。特別講師によるレッスンや、ラジオ日本の現役パーソナリティで顧問講師の大元雅治氏によるスタジオでの実践授業も行います。優秀者はレッスン中でもプロダクション部門において積極的にマネージメントを行い、プロダクションに所属することができます。

 

 

 

SETの舞台の他、テレビ・ラジオ・映画・CF等でも幅広く活躍中!

ザ・マインズ エンターテインメント講師 三谷悦代先生

みたに・えつよ●1958年岡山県生まれ。短大卒業後、劇団大江戸新喜劇の研究生となり役者としての第一歩を踏み出す。在籍中に劇団の先輩だった三宅裕司に誘われ、1980年に劇団スーパー・エキセントリック・シアター(SET)の旗揚げに参加。以後、ミュージカル・アクション・コメディのSETの舞台には欠かせない女優としてすべての劇団本公演に出演している。SETの舞台以外にも幅広い分野で数多くの作品に出演実績がある。現在は女優業の一方、ザ・マインズ エンターテインメント 声優俳優塾でアクターズレッスンの講師も務めている。

 

 

芝居の世界に足を踏み入れたのは短大卒業後。大劇団には背を向かれ、唯一試験に受かった小さな劇団に入団。ここで後に劇団スーパー・エキセントリック・シアターの座長となる三宅裕司と出会う。1年後に誘われSETの旗揚げに参加。SETは三宅が務めたラジオ番組の人気をきっかけに一気にブレイク。劇場は常に鈴なり。座員も注目を集めた。キャリアの浅い自分にもマスコミ出演の機会が増えた。だが、実力が追いつかない。振り返ればチャンスを逃したこともあったような・・・。その後着実に力をつけ、これまでに舞台・テレビなどで数多くの作品に出演している。3年前からは養成所の講師も務める。自身の初舞台ではたった一言のせりふに悪戦苦闘した思い出がある。最初は誰だって素人だ。自分に厳しく前向きに頑張ればプロの役者になれるとエールを送る――。

 

 

●俳優養成所の講師は役者とはまた違った面白さがあるんじゃないですか?

 養成所の講師の仕事も役者の勉強のようなもので、教えながら気づかされることも多いですね。稽古では当然のことながら生徒にダメ出しをしますが、言ってることがそのまま役者としての自分にも当てはまることもあってハッとすることがある。言うのは簡単ですが、実際にやるのは難しいんですよね。マインズの養成所の講師は3年前の開設のときから務めていますが、生徒も徐々に上達してきているので、いずれ立派な役者が育ってくれるんじゃないかと期待しているんですよ。

 

●そもそも芝居をやろうと思ったきっかけは何だったんですか?

 私、ずっと江守徹さんの大ファンだったんです。その影響が一番大きいような気がしますね。芝居経験といえば高校時代に友達とふざけ半分に文化祭で演じた程度で、将来は子供の頃から興味を持っていたファッション関係の仕事に進もうと思っていたんです。実際、高校卒業後は上京してテキスタイルパターンが学べる短大に入りました。

 

 

 

でも、東京に来てから江守さんの舞台などを観るうちにどんどん芝居に興味を持ち、自分もやってみたいという思いが強くなっていったんです。

 

●江守さんとは今までに共演したことはあるんですか?

 残念ながら一度もないんですよね。ただ、短大生のときにもちろんアポなしで劇場の楽屋に押しかけたことがあるんです(笑)。劇場近くのデパートで差し入れ用のタオルを買って、上演後に劇場の人に「江守さんに会いたいのですが」と頼むとなぜかアッサリと楽屋に通してくれたんです。最初文学座の人に「これ江守さんへ・・・」と差し入れを渡そうとしたら、奥から江守さんが出てきて下さって直接受け取ってくれたんです。そのうえにサインまでもらって感激しましたね!

 

●最初に芝居の勉強を始めたのは?

 短大の卒業間際にいくつかの劇団の養成所を受けて、唯一受かった大江戸新喜劇という劇団に研究生として入ったのが役者としての第一歩でした。初舞台もこのときの研究生公演で、「あんちゃーん」という一言のせりふがうまく言えなくて何度も稽古したのを覚えています。後にSETの座長となる三宅裕司さんと出会ったのもこの劇団でした。

 

●劇団スーパー・エキセントリック・シアターはどうやってできたんですか?

 私が大江戸新喜劇に入って半年後くらいに、三宅さんをはじめ何名かが劇団との方向性の違いを理由に退団して新しい劇団を作ることになったんです。そこにまだ研究生だった私も誘われて翌年に正式にSETが旗揚げしたんです。旗揚げメンバーは15名で今も9名が残っています。旗揚げのときからミュージカル・アクション・コメディを標榜して、座長は劇団四季に対抗意識を燃やしていました。とにかく四季が“笑い”に気づく前にメジャーになろうって(笑)。でも、旗揚げ当時はお客さんを集めるのも大変でした。人気に火がついたのは座長がラジオ番組『ヤングパラダイス』を始めてから。番組の人気に釣られるようにSETもアッと言う間に人気劇団になっていきました。

 

●SETではすぐに舞台に立てたんですか?

 女の子は3人しかいなかったので、出させてもらってました。でも3人ともみんな“華”がないということでヒロイン役はいつもよそから女優さんを連れて来てましたけどね(笑)。そのうち劇団の人気が出るにつれテレビ出演などのチャンスも頂きましたが、今振り返るとそれを活かしきれなかった気がします。劇団が脚光を浴びるのが早かったので、経験の浅かった自分は力が追いつかなかった。これから役者を目指す人はチャンスだと思ったら見逃さないこと。前向きなだけじゃダメ、なりふりかまわずにやることです!

 

●役者になってうれしかった時ってどんなときですか?

 10年程前に大阪でSETの公演があったときのこと。上演後のカーテンコールのときにお客さんがスタンディングオベーションで芝居を称えてくれたときは感激しましたね。東京のお客さんって芝居を観慣れているせいか、大きな反応って返ってこないです。でも、地方に行くと「よく私たちの街まで来てくれました」という感じでお客さんがみんな温かい。2・3年前の沖縄公演でもカーテンコールで再び幕が開いた瞬間、客席を見渡すとお客さんがみんな館内に流れるエーサーの音楽に合わせて踊ってるんです。私たちの芝居を本当に楽しんでくれたようですごくうれしかった。

 

●舞台と映像ではどちらが好きですか?

 舞台の方がやっていて楽しいですね。映像の場合はいい役をもらわないとつまらない。映像は何度も同じシーンを取り直しますが、使うのは主役(そのシーンの中心人物)がいい芝居をしたカットだけですよね。脇役の芝居を基準には選ばない。脇役が存在感を見せつけるには、主役が何テイク目にいい芝居をしようが関係なく毎カットいい芝居をするしかないんです。 でも映ってなかったりして(笑)舞台は「映してもらってない」なんて事はないわけだから、気は抜けないし、楽しい。

 

●役者をやっていて挫折したことなんてありませんでしたか?

 ありますけど、その中身は絶対口にしません。“弱音を吐かない・風邪ひかない・花粉症にならない”が私の三大ポリシーなの(笑)。

 

●今までに「この役者はスゴイ!」と思った人はいますか?

 伊東四郎さんですね。芝居の顔合わせのとき私達はまだ台本が完全にアタマに入ってなかったんです。「まだ顔合わせだし」みたいな甘えもあって。でも、伊東さんはいきなり「立とう!」と言って立ち稽古に入るんです。伊東さんのアタマにはすでに台本が完璧に入ってて、世界が出来てるんですよ。さすがだと思いました。目が覚めた。

 

 

●芝居上達のコツなんてありますか?

 ありますよー。マインズに来てくれたら教えちゃいます(笑)ヒントは「うそをつかない」芝居という、うその世界でうそをつかない。これはなかなかむずかしい。

 

●プロの役者を目指すときに必要なことって何ですか?

 役者は免許のいらない自己申告の世界。誰が認めてくれようが認めてくれなかろうがすべて自分の責任なんです。自分に厳しくないとダメな世界ですよ。

SET舞台公演「おいオヤジ!」より

 

養成所に通っていても前向きな気持ちがない人は伸びませんね。稽古でダメ出しをしていても、やる気のある人は目の色が違う。ここマインズの養成所は低料金ながらスタッフや先生方が親身になって生徒たちと接し、きめ細かなレッスンを行ってますが、本人がやる気を持たなかったらどうしようもない。養成所に通うのにもお金払うんですから、元を取るまで前向きに貪欲に頑張ることです!

 


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